《再録》歴史はなんの材料か?
from the 2007's orange booklet
歴史というものは一体なんの材料になるだろうか? 自然科学とことなり目にみえづらい、その「薬効」を考えてみる。
第 1に、「文化へのいりぐち」となるのでは? 島内海外を問わず、たびの楽しみは当地の個性ある食事とともに、建築/伝統工芸/自然風物を眺めることでしょう。ある程度の文化の流れを簡単な地名/人名などと「脳にひっかけておく」と、観光もよりおもしろくなるはず。
第 2に、「娯楽としてのもの語りのテーマ」になる。潤色フィクションとして、小説/映画で多くの英雄達が光ります。
第 3に、「新たなもの(こと)づくりの土台」にも。自動車なんぞの具体的「物品」であれ、法制度といった社会的「装置」であれ、むかしのもの(こと)の弱点を改良したり、アレンジし直して別もの(こと)を仕立てたりと、古きを「まねぶ(学ぶ)」ことから新たな創造をおこなうと。
第 4に「判断力の鍛錬教材」となり得る。歴史をひもとき「あいつはここで失敗したんだな」とか、「別のみちを選んでいたらどうなっていただろう?」とか、if を最大限にシミュレイトしてみて、「いまはこうすべきか」と最良判断をおこなえるようトレイニングする…。歴史はゆたかな実例集として、脳を鍛える鉄アレイになってくれます。
そして第 5に、「政治/宗教の戦術カード」にもなってしまう。「わがくにはまあ美しい!」「宗祖さまはああ素晴らしい!」と、一部分を誇張することで、集団意識や愛国心/信仰心を固めます。また「あの人種は劣っている!」とか「侵略したんだから要求をのめ!」と内外の政策に悪用されたりもします。
…歴史の本懐は、よい未来へ「いまを選ぶ」ための過去まなび、のはずだが。