《日常のこと》to the spring equinox

2026年03月21日

(28 december '25)忘年の時季

食あたりで一両日、酷いめに遭っていました。ま、最善処理うてた自己を褒めてやりたい。忘年会に臨んでいた「骨折するは、痛風は来るは」の農家のとうさんに比すれば、些事でありゃあすが。   飲食が「生きる喜び」ゆえ、一日とは言え絶食は苦労した(健身でのそれでないため爽快感もない)。ひさーーーしぶりにワイン断ち、めを回していた肝臓工場の方が不意で驚いただろう(笑  ひるころに来た虚脱疲労感は珈琲断ち(これもなん年ぶり?)のせいだと判明する。いかに「ドーピング生活」を送っていたかと(笑   回復し、新聞きりぬき。御覧の如く二年まえのやつを。…「すいた市」と読むらしい。調べるとつらっと40万人弱のまち、ここの十数倍、あさひかわの1.3倍の人口を擁する。16世紀、現地の城主は高槻の和田惟政に敗退したという(判るかた居るかなあ)。   小学校のとき、一度も聞かず歌わず「毎とし(音楽の教科書の)最後にのってるこのうた?なあに?」だった。その全き理想状況を思い返しやした(笑

(01 january '26)結露が激しい

自室のまど。あさのみならずなんども拭くので、そとの強風が窺える。寒い!(笑   この休みに沖縄家族旅行というかたもいらっしゃる様で。そーいや、ここんとこ「ちょっとだけ良い」葡萄酒を消費しとるが、これらを道都で購入したのは一体いつだったのか…とあたまを傾げる。   二年分の新聞摩天楼、半ばしか解体せぬまま一年経過。結果、切りぬかねばならん残刊数は「現状維持」(笑 これどけんと本だな整理ができん。ちらりと、恩師の著(本格的な初の学術書)の奥づけを見ると1994年。わたしが大学に入る直前でした。出版当時、恩師は52歳。「あぶらの乗った」時季だったのでしょうか。   「健康なんて手段に過ぎない!(目的になったらもう終い)」という若気の蛮風を残しつつ、ことしはひとつ頑ばろうとも思いやす。ただ、御存知「着手は疾風、完遂は未踏(別もんに着手)」なわたしなので、不透明であるが(笑   銀雪寒候、迎節讃芳。

(03 january '26)自己修錬

「優れているものが」「習いたいものに」技能/知識を伝える、これがまっとうな基本である。優れていないものが伝えるのは滑稽だし、習いたくないのに伝えられるのは苦痛である。基本形ができていないのに無理して進めようというのは、双方にとって時間の浪費になる。とすれば、伝えるものはつねに自己の優秀性を確保せねばならぬ(一番でなくても良いが)。それが第一だ。伝えかたのうまさとか、伝える道具の煌きとかは二のつぎである。うえの営為を教育とか学習とか言ったりもするが、それがまっとうに成り立つには自己修錬を重ねる主体と、「えりを正して」技能知識を「盗もうとする」主体が不可缺となる。   その意味で、当ラヂヲ放送については、①聴きたいものがみみを傾け、②聞きたくないものは遮断することができる点でまっとうである。強要性の薄い「紹介学習」になっているからだ。「優れているものが伝えていないやろ!」「教養性まで薄いやろ!」とお怒りになられると恐縮だが(笑 …少なくとも、ちっぽけな自己修錬は積んどりますので御寛恕のほどを。。。

 (31 january '26)ちょっと贅沢

普段、橙色コンヴィニのあか葡萄酒を飲んでいるが、もういいとしだし、多少贅沢しても良いかということで、千円台のそれを買いました。しかも、なぜか宗旨に反する「国産」(笑  みぎのものはとても良かったです。丹波ワインとのこと。ひだりのは半額廉価になっていたオーストラリア産「ヌーヴォー」。二年まえのものでヌーヴォってないが、これまたおいしかったです。   千円台葡萄酒で人生たのしめている貧者?が言うのもおかしいが、これでもまあまあな豪奢と感じやす。わたしは子弟養育にかねを費やす必要ないので、同世代のおや達に比すれば…と。こどもがいると、良さそうな点を二つ思う。まずは、まごを楽しめる可能性が現われる。二十年まえ、おいが生まれ(宿泊に来てい)たとき、実家がぱーっと明るい雰囲気になったのを覚えています。つぎには、自身のの垂れ死にの可能性が減ずる。「春秋」期の斉桓公をもちだすまでもなく、自力本願「おひとりさま」は重病に倒れたときも汚い景観を生みだしやす。後者は、昔日としうえの「ばついち」看護師が呑みながら力説していた点ですな。…家族とは、損得勘定ではないけれど。

(07 february '26)穏当な雑見

きたの大地には暴風雪が到来、かなり積もりました。超地方紙に載ってた、与党候補者の言いについて。   「予算編成において、国会で決定することは現実的ではなく、実際は前段の与党内の部会で調整される。私は、これまでの議員生活の中で部会内において、この地域の声を伝える発言力を得てきた」   国政の現実を言い表している点、良いなと感じます。しかし、ここには「多数を得た自民党部会ですべて決まる」「そこにわたしは御座そーろう」という驕った感触と、「(例え現実であれ)弱い議会(審議)に意味はない」という最高機関軽視を看取できます。立法府強化論者であるわたしならずとも、議会を軽く視るようなやからが議(会構成)員になろうとすること自体、全き愚かしいと感ぜられるだろう。   下院に送り込むべきはもと市長ですね。奈良のしかに蹴りあげられてもおかしくない「だらしない倭人」を最優遇しようという、「普通のくに」なるたわごとを唾棄しませう。全然あづましくない。

(11 february '26)てを動かせ 

滑ってひざを打ちました。単にあおあざになっとるだけだから不幸中の幸い…。だからってわけでないが、なんとなく生産性が落ちとる気がしますな。「ことばは要らん、気もちは知らん」なる最近の至言、てを動かせっちゅーこと。「だらしないもの勝ちの社会空間」を拒むわたしなので、自己に厳しくないといけませぬ。だがしかし、短いきさらぎに紀元/天長両節あんのは有り難い。…ほんにあったものを引用。   「実際に手を使って行う作業はあらゆるレベルにおいて深い満足をもたらしてくれます。…料理することは、今という時間に実際に私たちが「存在している」ことを実感させてくれるものです。…でもどれだけ多くの人たちが、まだ先の話であるにも拘わらず、遠く離れた場所で過ごすバカンス、このためだけに生きていることでしょう。このような人たちは、食事を食卓の片隅で手っ取り早く済ませてしまいます。…普段の生活は動画を早送りしているような日々。果たしてこれが人生でしょうか? …これに反して食事を作るという行為は、今と言う時間の一瞬一瞬を味わいつつ生き、自己実現していく行為です。…細部に気遣い、段取り良く仕切るセンス、きびきびした一連の動作などが安堵感を与え、人生と正しく向き合いたいと思う彼らの存在に一つの形を与える手立てとなるのです。実に料理することは、…自分の人生の手綱を自ら取り、些細な達成感を積み上げていくことで、日々の生活を養い操っていくことです。」

長期休暇(vacance)、水準(niveau)、感性(sens)。

(13 february '26) 工夫?

なんだ、このうす汚いごみは! …さに非ず。某ポテチのかみづつを半分にしたもの。熱湯滴下時の珈琲しずく反射を防ぐ貴重な道具(笑  うえから濾紙を押さえつけるようにして、最初の蒸らし滴下をする。このとしまで、飛散して周囲を地味に茶いろくしていた点を見のがしていました。…ま、すぐ拭けば良いんだが。   独りぼっちだった水界で、終始ちーんとしていた黄いろの金魚。若輩二匹を加えると少し元気になった。…若輩どもも沈思黙考がただが。しじみもいたんだが、かいは「仲間」と見做していなかったらしい(笑

(21 february '26) 北方「映像」水滸伝 

実家でおいっこが、いびきをかいて寝ています。その鳴りが(わたしの)おやじのそれにそっくり(笑  隔世遺伝重大論者のわたしに証左を与えてくれます。ただ、みみのかたち(対輪が大きくそとに出ているところ)は、わたし/いもうと(おいのはは)と同じゆえ、反証か…。   最近はまっているのが、これです。北方「映像」水滸伝。   と言っても、契約していないし受像機もないので観れておらず、特集電子欄をうろちょろしているだけ(笑  早くDVDなりになって欲しい。また、続編もじゃんじゃん撮ってほしい(まだ原作の少ししか消化していない)ので、みなさん観て下さい。「腐敗した権力への叛逆」、なんとも人類普遍の真実/正しい在りかたでございます。脳内が覚醒興奮状態(笑  集結してガンバロー! misia さんの主題歌がこれまた良い!(「どーしてもーどーしてもー」なんて愚劣なうたの百万倍価値がある)…と感じてたら、作曲が加藤登紀子氏です。勢ぞろい(笑   原作の北方水滸伝。むかし通読したが、とても強い魅力/磁場があります。実は放送「世界史学房」でも、十六年まえに水滸伝をやりました。北方さんの小説を読むまえで良かった。以後なら、絶対影響/余波を受けてしまっていただろうから。時間的余裕もあったので、ちゃんと練って届けられた放送でした。ま、フクサク水滸伝は、原作/映像の一万分の一程度の価値ですが(笑

(23 february '26) たまたま 

特に銘などついていない茶急須。少し缺けているが、現役。大卒後(二十数年まえ)に買ったと思われるが、もはや記憶にありませぬ。   親友のおやじどのが動画を観ていたようで、そこかれ漏れてきたもの。「きみがよの歌詞は、あなたのいのちが永遠に続きますようにという祈りにも似た内容で、英訳で聴いていた五輪参加選手を感動させました」   戯けた「みみ汚し」、悪辣虚報をつらっと垂れ流しているはじ知らずを黙殺するとしても、こんなん聞いて「へーそーなんだー」と誤解してしまう(なにも知らない)わこうど達を危惧します。「きみが」を愚かにも your と翻訳したのだろう。祈りで your を使うか。   丁度、増えてきた熱帯魚すそ分けの際だったので、なるひと氏の執着至極な誕生びに(投稿が)当たったのはたまたまでございます(笑  「ガチ」で。

(07 march '26) お堅い話し 

作戦開始からの 100時間で約 5800億円のものを費やしたという。トランプ(合衆国政府)のイラン攻撃である。   初歩。「中近東」の多数民はアラブ人だ。世界史において拡充し、恐らく色んな異民を吸収して大きくなった。「パレスティナ人」は独立のそれじゃなく、パ地方のアラブ人のこと。くに持ちではトルク人/イラン人/アフガン人…それ以外のくには、おお雑把にみなアラブ人のもんである。あ、ユダヤ人を忘れていた。   乱暴で幼稚なトランプの政策だが、「かねをかけない」「アメリカが儲かる」という点では一貫していたと臆察する。マドゥロの拉致も(賛否どーあれ)比較的低費用だったと思う。ところがここにきて、イラン空爆。すんなり傀儡政権をつくって権益確保に走れそうではない。地上軍投入にゆくのか。「兵士の死亡」に敏感な合衆国與論、もう三期め続投はないから無茶苦茶すすんでやれ、とそれも気にかけないのか。   視点をがらりと変え…。そのままでも自然寿命が近かっただろうイラン最高指導者を(直接犯じゃないが)殺したトランプ。ひとはみな平等的自由(人権)を持っとるので「同害報復」という崇高な原理から、かれがだれかに撃たれても悲劇ではなく、それでやっと「等価」です(ハメネイ/イラン政権に弑されたひとについてはとりあえず置く)。活動家ナワリヌイ氏を殺したプーチンも「裁きのやいば」に狙われる「義務」がある(ブリゴジンの件はどーだろか)。…これは単純な「暴力肯定」「平和の否定」じゃないっす。踏みにじられた、ひとの尊厳の問題です。

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