ブッダ教の鳥瞰②(内容)
私的備忘。自宗派正当化の「坊主臭を除いた」ノート。
a. 雑駁な「比較宗教」
ブッダ教(bauddha darsana)の特徴として、①至高神が不在であること、②「ブッダ」はかみ以上の地位にある(一種の普遍的至高存在の顕現である)こと、③「聖典」は膨大で/内容一致がないこと、④恐ろしく多様性に富む(友愛/連帯、中心組織を缺く)こと、などが挙げられる。伝道言語が(結果的に)固定化した点は、他教と同じである。以下の3つを「帰依」することを表明するだけでた易く信者になれる点も、特徴的だろう
b. 缺かせない 3つのもの
①目ざめたひと(ブッダ)…また「理解したもの」の意。史的存在のガウタマのみならず、永遠のときのなかで全ての達成者にあて嵌まる。ガウタマの人生(とされたもの)を見ると、かれは生前に「目ざめが約束されたもの」(bodhisattva)になり、新たに「ひととしての」最後の生を受けた(人間しかブッダに成れない)。30歳ころ一晩の瞑想で「完全に知り尽くした」(他教の「啓示への信仰」と異なり、その基盤は「経験による理解」=世界からの解放である)。自己成就で終わることができたにも拘わらず「慈悲ゆえ」(恩恵)伝道を始める。そうして「ダルマの神髄(dharma-cakra)」が回され始める。またそれは、「存在へと縛り付ける燃料」(karman)の残滓を燃やす必要があるためだった。これが終わって、かれは完全消滅(nirvana:「寂静への入滅」)した。
②教え(dharma)…「ダルマ」は、世界原理/その説明/意識対象としての現象事実/超越すべきもの/その方法/伴う道徳、これら全ての教えと、その意味範囲を広くしている。これは「世界の真のすがた」を説いたもので、ブッダからも自立している(ブッダより偉い)点が重要である。その基本の教えが 4つの真実(catur-arya-satya)で、「この世界のひとの現実を知るための要約」にして「それからの解放の必要」を言っている。①不快さ/悲哀(「苦しみ」ではない)=嫌なものの所有/欲するものの非所有。②欲望を満たそうと行動し「カルマ」を積む(行いに責任が伴う)、カルマは自らが造り/自らを造る、それは条件づけられた生起=連鎖体系(pratitya-samutpada)により起きる。③状況/原因を理解したなら「カルマ(行為の重荷)づくり」を止めること、行為を止めれば生存循環に再び落ちなくて済む。④だが行為(かつ欲望)を消し去ることは至難、長い過程を「良い行い」「瞑想」「知恵」で過ごさねばならない。
これは、病状診断/病因/治癒可能性/処方という「古代インドの医者の手法」である(ガウタマは純粋哲学質疑を嫌った)。また、当時の世界観/前提事項に立脚していた(非ブッダ伝統教徒は主張された無我こそ否定するものの、超越的自我を信じその一体化を目指すという点で「現象的わたし」の不在と生々流転のなか彷徨い続ける悲惨さというものを共有していた)。しかし、教え(ダルマ)はインドを離れると、そのカルマ/よの無常(ひとの儚さ)についてはよく受容される一方で、「生類うまれ変わり(samsara)の悲惨さ」は伝わらず、自由放免(vimukti :「解脱」)も深く浸透しなかった。
③教団(samgha)…記念碑(stupa)に遺骨を納め「ブッダの教えが生き続けている」めじるしとするが、多くその近くに僧院が建てられた。ダルマの正確伝達/実践を保証するのが教団の責務であるが、教的規律を守りながら世俗生活を送るのは実際不可能だった。なぜなら「家族を捨てたシッダールタ王子の足跡を辿り」社会とかけ離れて生活しなくてはならないが、「清らかな生活」にも必需物資(を提供する俗人)が不可缺だからである。争点を調停する編纂会議(samgiti)を経て、サムガが整えられてゆく。(現在われわれが言う)僧とは本来「もの持たず」であり、(非僧信徒から施され)食べ/着る乞食(bhiksu)たらねばならない。両者の役務分担は明確で、ビクシュ(僧)は瞑想実践/教義研究/戒律順守(団内で250戒を守る)に専念する。在家(upasaka)はだれであれ家庭生活を営みつつ、①可能な限り 5戒(殺さぬ/盗まぬ/媾わらぬ/騙らぬ/飲まぬ)を守り、②教団のために定期布施をする。善行をなせば利益(punya)を得られるが、教団へのそれこそ最確実のものだとされた。
僧/俗(ビクシュ/ウパーサカ)の在りかたに関して、(差別的だが)女性のからだは「穢れており」おとこに転生しないとブッダにはなれない。肉欲と同じく「妻子への愛着」(家族のきずな)もまた批判される(ので在家は僧より「幾つも劣る」)。最初期には「修行僧の一箇所停留」は許されていなかったが、すぐ僧院(vihara)=定住生活が生まれる。ただしビクシュは、(カルマの結果にみを晒すことになるが)僧院を離れても咎められなかった。。