《日常のこと》to the winter solstice

2025年12月21日

(27 september '25)戯けた話し

「努力せず」「だらしない」痴れ倭人達に嫌悪が募ります、イスラエルほどに。   ジャイカのアフリカ交流国際事業が阻止されました。また、北九州市教委にハラール給食を出させるものかという強い圧力も。虚言と勘ちがいに奔走する、「トランプ支持者の様に」あたまの悪い倭人(ファースト)はみっともない限り。みっともないの 5乗。     まじめに努力する海外異郷のひとびとこそ貴重です。「単にここで生まれただけ」のやくざ単細胞こそ扶桑列島より排斥すべきだろう。「美しい国ニッポン!」なんて言っていた阿保宰相が彼岸に渡っとるのは果報すな。…ま、「努力せず」「だらしない」外国人てのは困るのだが(笑   「まともな」朝日新聞のコラムを載っけときます。

《附記》「名詞のはなしには送りがなを付けない」といった、車夫馬丁水準の指摘は要りません。

(11 october '25)「氷晶書房」事業

こつこつ古い本を売らせてもらっているのだが、なんと驚いたことにイギリスから注文が来た!(笑  依頼ぬしはこれまた(有名な家族名である)ホームズさん。郵便局に相談したりとばたばたする…旗日(キジツ)がらみで良かったす。しかし、自分でも数回、海外から音盤を買っていたのを思いだすと「当然あり得る」事態なので、それなのに驚天動地とは抜けきらぬしまぐに根性が恥ずかしい…。   「使えるものを捨てる=安易にごみを出す」やからはばか野郎…という信条のもと生きとるわたし。なまごみを「消化」してくれるキエーロに感謝です。ただ、極あつがりなわしでも寒く感ずる昨今の朝夕、微生物の分解能力はそろそろ冬眠時期かも知れないなあ。   まえに買ったとき、不注意ですぐに割ってしまい落胆していた「焼きもの珈琲フィルター」。なにかの拍子にサイトに出現したので(安いやつを)再購入…。おいしく入ります(当社比:笑)。濾紙を無駄にしないのも良い。肥前よしだ焼きとのこと、興味あるかたはどうぞ。   大腸、圧力なべでとろーり美味に上がります。葡萄酒も慶ぶ(笑 もつ/もつ/もつ/にくくらいで良いかも(かねめの面でも)。こじつければ、これも捨てない話題(笑   休題。公明党が連立解消とのこと。「よくやった」「ざまを見ろ」(笑  野党は折り合って、自民党をひきずり落としてくだされ。

(08 november '25)ゆきがちらほら

ちぎれそうになっていたひげ剃り充電器、いよいよ臨終。ひさかたぶりに「手で」(かみそりを)当てたけど、浅くて不精ひげみたいにしかならん。現在はネット社会なので、すぐ代替品を買え便利です。「文明の秀逸さ」にこうべを垂れている(苦笑   おきのえらぶじまで珈琲生産しているという電子欄、挙げときます。「国産」云々はどーでも良いとして、(海外のものでは当然捨てられとる)果実部分も込みで焙煎されているところがとても食指をそそる! が、貧者にはてが出ない!(笑  決して安いわけでない、昭平堂の10倍以上!  …降誕祭の自己褒美にしようかな。

(29 november '25) 寢ゆきにならず

ひとつ、作業に区ぎりをつけられたんで、こーやって駄文を叩くいとまができる(笑  放送で毎とし言っているが、残すところほんの僅かとなりやした。当年はじめに決意した新聞整理、摩天楼ではなくなったが半分も終わらず残っている…。当欄でのやりかけも山積していて、まー時間が欲しいつねひごろっす。   本。知らぬまに4000冊を超えている。あさ読書もするし、こつこつ消費しとるんだが、確実に輸入超過(勿論コミックスもあります)。本。読解力と密接にかかわり、世界史やるにしても基礎媒体なんだけど、一面「文明の産物」であり、じかの感触で「貧しい情報」でもありますな。ユーチューブみて笑っている高校生より読書にいそしむ中年婦人の方が「あたまが良い」と想像しうるが、実体ともなわぬ「ことばまみれ」になってイメージだけで生きている(ややずれるが「本のむし」になる)とすれば、やはりいびつで歪んだ生きものに堕しているのかな、と。これは即ち現文章にも跳ね返ってくるが(笑   うたにある「自己啓発本、何冊買ってんだ」をつねに自戒しよう(笑

(05 december '25) 「働いて働いて」

軽く話題(そして流行語になったらしい)高市首相の「働いて…」の言について、いつもの如くこうるさい駄文(以下、敬称略)。   高市が「働いて…」と宣言するのは妥当である。それに従って、あさ三時から答弁準備をするのも正しく、かりに過労でひっくり返るのも正しい。「無理よくないよ」と、その家族や親友が助/諫言するのも妥当である。労働/生活均衡を推進する協会が、「働いて…」に疑問を呈し批判するのも妥当である。   高市が、自分以外のだれかに「働いて…」を求めるのは不当である。周りの部下が忖度して/同調圧力に逆らえず「自主的形態を取らされながら」猛烈労働をさせられるのは誤りである。高市のみならず、だれかが他者に「働いて」を求め/薦めるのも(一般的に)不当である。ただし、高市のなかまがかの女に心服共感して、こころから「働いて…」を実践するのは誤っていない。ひとには、猛烈労働する(その結果ぶっ倒れるやも知れん)自由もある。   臆察ながら、高市は惰弱な安倍晋三より(滅私奉公的思想観からすれば)「強い」かもと。女性ゆえ、からだも丈夫そうだ(これは問題発言か:笑)。あなたは、「たか」市早苗と「た」嶋陽子ではどちらが好きですか?   わたしはどちらも嫌いである。

Share
無料でホームページを作成しよう! このサイトはWebnodeで作成されました。 あなたも無料で自分で作成してみませんか? さあ、はじめよう